分析担当者が注意すべきこと
更新日: 2021年11月13日(金)
分析担当者の自己保身と責任回避、その一方で自己顕示欲
「分析担当者の任務は、自分自身が興味を持っている問題に答えることでもなければ、蓄積した知識を単にまとめることでもない。政策決定者がより明確な考察ができるよう支援することができなければ、分析担当者の専門知識など何の意味もない。」中央情報局(CIA)の元分析部門幹部 Phillip Mudd (2015)
一般的に言えばそういうことなのだが、しかしながら、通常、政策決定者は分析担当者に対して優越した地位にある。その極端な例として、1930年代、40年代のソ連邦を考えてみればわかる。
独裁者あるいは独裁権力の下では、分析担当者の多くは自己保身と責任回避が習い性となり、状況に迎合し、政策決定者が求めているものを忖度して提出するようになる。
独裁権力下の情報機関、情報分析、分析担当者
分析担当者の忖度と自己保身
(ⅰ) 分析担当者は政策決定者と異なる独自の「情勢評価」は避ける。
(ⅱ) 政策決定者の「意図」に合致した情報に重きをおき、
(ⅲ) 政策決定者の「正当化」あるいは「理由づけ」に動く。
(ⅳ)
政策決定者の「意図」に反する情報に関しては、無視をするわけではないが、情勢評価を加えることなく「素材情報」のまま報告したりする。(責任回避)
分析担当者の責任回避
責任回避とは、収集した情報について、明確な評価を避けること。
(ⅰ)「素材情報」のまま報告する。
(ⅱ) 手元にある情報は何でも盛り込む。
(ⅲ) 情勢評価を複雑にする。
(ⅳ) 結論を曖昧にする。
分析担当者の自己顕示欲
分析担当者には「私はこんなことも知っている」「私の知識は豊富である」と誇示したい欲求がある。こうした自己顕示欲は、不必要な情報を盛り込んだり、やたらと「引用」や「脚注」を抽入する。
優れたインテリジェンス分析
(ⅰ)情報分析担当者の目的は政策決定者の判断を支援すること。
(ⅱ)政策決定者がより明確な考察ができるように支援すること。
(ⅲ)情勢評価に役立つこと。
(ⅳ)知識のための知識ではなく、行動を起こすための実務的な知識の提供。
(ⅴ)その内容は簡潔・明瞭に絞り込んでおかなければならない。
作成要綱
大前提 客観性の維持
基準(1)時期を失していないこと
政策部門あるいは政策決定者が必要とする時までに、その手元に届けること。
基準(2)特定のカスタマーに向けて内容が絞り込まれていること
個別具体の課題に焦点を絞って内容を絞り込んで提供すること。
「焦点がぼけている」「的外れ」を排すること。
基準(3)政策決定者にとって容易に理解可能であること
分量は少ない方がよい。長い文書よりも短い箇条書き、文書よりも図表等を用いる。
基準(4)「結論の確度」の明示
分析に影響を与える様々な要素に関して「何が判明済で何が未判明なのか」をそれぞれ明示するべきとされる。Clear regarding the
known and the unknown.
あるいは、「結論の判断を支持している要素と支持していない要素をそれぞれ明示するべき」と論じられることもある。
分析担当者が注意すべきこと
「麦と麦殻」(Wheat versus Chaff)
「信号と雑音」(Noise versus Signals)
情報量が増加すると、分析担当者は大量の「素材情報」から有意義なものを見出す作業が必要になる。麦殻のなかに埋もれた穀粒、雑音のなかに埋もれた信号を見出さなければならない。一方、政治権力にとっては「情報の洪水戦略」がある。重要な情報の開示を、対立する情報あるいは膨大な情報の中に沈めこむ。
「子供のサッカー現象」「子供サッカー」「幼稚園児のサッカー」
(Collection Swarm Ball Phenomenon)
何人もの「幼稚園児」が団子になってボールに殺到し、わめきころげながら、そのボールを追いかける様子を想像してみよう。多くのインテリジェンス機関、そして分析担当者も「時代の空気」の影響を受ける。金融政策や財政政策、あるいは社会政策や軍事外交政策も「時代の空気」の影響を受ける。そうした「時代の空気」の中で、ある特定の政策論が幅を利かし、情報収集が特定のテーマに偏ることがある。われわれには、目の前の印象を過大評価し、それを将来の推定の基準にしようとする傾向がある。それは幼稚園児が団子になってボールを追いかけるのと同じ。われわれは、転がるボールを団子になって追いかけるのではなく、そのボールがこのあと蹴り出されてくる方向を予測し、それに備えて動くことが必要になる。「時代の空気」あるいは気分や雰囲気は、ある程度時間が経つと、かつてそのようなテーマが幅を利かしたことも忘れられる。
「反響効果」(Echo Chamber Effect)
反響効果とは、ある一つのメディアに報じられた内容が、他のメディアでの引用を繰り返されるうちに、あたかも複数の情報源によって裏付けされた確度の高い情報であるかのように誤解されてしまう現象のこと。例えば、ロイターで報じられたことが「日本経済新聞」や「朝日新聞」などに掲載され、「地方紙」にも転載され、それらを下敷きにした「解説」も現れる。見渡せば同じような情報に覆いつくされる。
相手方過信症、赴任国依存症(Clientism)
「クライアンティズム」とは、分析担当者が特定の国、組織、個人等の分析に長い期間にわたって没頭し過ぎた結果、分析対象に対する愛着や共感を覚えるなどして、客観性を持って批判的に接することができにくくなる傾向のことを言う。分析対象国が国際的に非難されるような活動を行った際でも、当該活動の背景等を「理由付ける」ことによってそれを「正当化」し、それをかばうような思考に陥ってしまうこと。北朝鮮担当者が北朝鮮の弁護論に陥り、ロシア担当者がロシアを正当化する「理由付け」をおこなうようになる。
「9・11後、テロ対策センターは権限を急拡大し、パキスタンでCIA支局長を務めるボブ・グルニエと激しく対立した。グルニエは自説を展開することで自らを危うい立場に置くことになってしまうのを理解していた。テロ対策センターのスタッフは彼のことを『タリバーン・ボブ』と呼んで、相手にしようとしなかった。グルニエは『赴任国依存症を発症している』、すなわち自分自身とパキスタン軍のパートナーの考えを分けることができなくなっていると見なされた。」(p.137 DIRECTORATE S)和田春樹とか、町田貢とか、あるいは鈴木宗男とか。
ミラー・イメージング(Mirror Imaging)
ミラー・イメージングとは、「分析対象(国、組織、個人等)も当方と同様の思考方法に基づき考え、行動するだろう」という分析担当者の「思い込み」のことをいう。政治体制、社会情勢、歴史・文化的背景、価値観等が異なれば、たとえ類似の状況下であっても、分析対象の思考、行動等は異なる可能性がある。「常識的に考えれば」という際の「常識」が、分析対象には必ずしも共有されていない場合がある。かなりおおざっぱな言い方をするなら、それぞれの国や民族には、特有の「戦略思想」がある。ロシアの戦争は、ロシアの「戦略思想」を反映し、第1次大戦、第2次大戦の「戦争観」を引き継いでいる。米国には米国の「戦略思想」と「戦争観」がある。伝統的に受け継いでいるものが異なる